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漆 うるわし Ⅰ 

椀s



「ぜひ お遊びに」と一言をいただいたので 
私が漆芸を始めたきっかけの 漆芸作家T氏のお宅を訪問した。
氏は鎌倉在住で 骨董にも造詣が深く 特に根来の漆器にこだわり 作品を製作していらっしゃる。
氏の仕事部屋の棚に並べられた 昔の椀の数々
室町から 江戸にわたるコレクションの素晴らしいこと、目を奪われた。
根来椀、浄法寺椀 秀衛椀 合鹿椀・・・美術館アイテムである。
氏の作られる椀の豊かさ 愛らしさ 大らかさ 強かさの原点を見せていただいた。
古くは室町の椀である。
経年変化は避けられない。
漆の塗膜の剥落 欠け 割れは致し方ない、椀の表面の金箔、絵などのかすれも当然だとは思うが
それらはマイナス要因ではなく 全て 時の流れが与えた「美」になっている。
古の椀の存在感は大きく 漆の強かさを主張している。

じょうほうじ

室町時代の素朴な浄法寺椀。
柏の葉のモチーフを朱漆で描いている。
浄法寺椀特有の金箔は無いが 稚気に溢れた大らかな椀である。
椀の高台は高く 合鹿椀の原型であろうか。


秀椀

江戸であろうか、典型的な秀衛椀。
金箔を所々に配置し 菊花のモチーフを描いている。
朱漆の色の退色は見られるが 昔は華やかな椀で
庶民にとっては このような椀は高嶺の花であっただろう。


根来絵

この縁反の根来椀も おそらく江戸であろうと思われる。
いわゆる 本根来ではないが 図柄が描かれている根来椀は 珍しい。
黒漆で渦巻き模様が描かれ 縁起の良い蓑亀図も描かれている。


漆 うるわし、である。



 
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category: 骨董・古き佳き物

Posted on 2012/05/20 Sun. 23:13  edit  |  tb: 1   cm: 2  

狐と狸の騙しあい 

骨董業界に 誰が言ったか 面白い言葉がある。
「窃盗・強盗・骨董」という言葉なのだが 骨董業界人が卑下して言ったのか 
騙された客が吼えたのか この言葉が出回っている。
人には三大欲=性欲・睡眠欲・食欲というのがあるが
それ以外にも 沢山の欲望があり その欲望を満たす為に
人は前向きに努力もするし 悪い事に手を染める事もある。
名誉欲、金銭欲、物欲等も「欲」の一つだが 
物に憑かれた人は 遠く戦乱の世では 茶道具をめぐり 戦さえ起こした。
利休vs秀吉の対決も 物をめぐる価値観、美意識の対立から 起きたものと思う。

物に憑かれたのか お金を使いたかったのか 
大金使って「なんで こんなの買ったのか?」と呆れることも多々。
特に「TV鑑定団」における 残念品を見ると その感を強く持つ。

かくいう私も コロ~リコロリと よ~く騙された。
ただ 客も馬鹿じゃない。
好きになると 人は勉強もすりゃ 努力もする。
その人なりの 美意識も育ってくる。
いずれ 騙された事に 気付く日が来るのだ。
その日がくると 物を見極める目を持たない自分の未熟さを棚に上げ 
その「物」が疎ましくなり、身近に置いておくのが嫌になるのだ。
手に入れた時の 高揚感、満足感はきれいに払拭され 
失った金銭よりも 己の目の甘さや無知 感性の未熟さ 
敗北感を噛み締めることになるのだ。

騙したヤツが悪いのか 騙されたヤツがバカなのか、
タチの悪い骨董商の中には 騙されたヤツが馬鹿なのさ!
と嘯く連中も残念ながら 少なくはない。
ですが一方では 学者連中も舌を巻く目利きで 
なおかつ 素晴らしい審美眼をお持ちの方もいらっしゃる。
そのような見識の持ち主の店にお邪魔する時は こちらも気が引き締まり
「勉強させていただく」という気持ちに 素直になれるのだ。

美術館のガラスケースに収まっていてもおかしくない古き佳き物を 
手にとらせて 触らせて貰えるという 至福の時間を過ごさせて頂くのですから 
これは応えられない。
騙される事は悔しく 情ないことなのだが 
それすらも その至福の前には 些細なこととなるのだ。

しし

初期柿右衛門の小皿

柿

古久谷に通ずる 初期色絵皿

category: 骨董・古き佳き物

Posted on 2011/10/18 Tue. 21:53  edit  |  tb: 0   cm: 9  

貧すれば・・・ PARTⅠ 



久し振りに ヤフオクのアンティークのページを見ていた。
一つの蕎麦猪口に 目が止まった。
時代は 250~300年前の江戸中期の猪口 
なかなか お目にかかれない レアな蕎麦猪口が 落札を待っていた。
おまけに 無傷、まさに 「出会い」であった。
猪口の全面に 萩唐草が描かれている物は よく見かける。
しかし この手のように 器の側面に流す様に 模様が描かれているのは 珍しく
図録では 見たことはあっても
店頭で実物を手に取って 見たことは無かった。

ヤフオクができて 骨董の取引が変わったと 言われている。
ヤフオクで取引をしている人間の7割以上は 業者さんだそうだ。
骨董の業者市に参加するには 色々難しく
「古物商」の免許を 警察署から 頂戴するのは モチロンの事
市場への出資金やら お仲間の推薦状とかが必要。 
敷居の高い業者市に 顔を出すというのは 大変な事らしく
ステイタスでもあるそうだ。
ところが このヤフオクでは 面倒なシバリは 一切無く
資金と「目」があれば 誰でも参加できるのだ。
「日本全国骨董市」が 毎日 ヤフオクで お手軽に開催されているのだ。

江戸中期の「飛び萩唐草」の図柄の蕎麦猪口
もし 骨董店の店頭にあれば 福沢さんが 何人も並ぶ。
店によっては 行列ができるかもしれない。
物の完成度にもよるが この手の猪口は とにかく珍しいのだ。
ダメ元で 入札した。

コレクションをこれ見よがしに ズラズラ棚に並べる趣味は 私には無い。
古い物は どんどん使って楽しみたいので 粗相をして 割れたら それまで。
心は少々痛むが 自分の粗忽さを チクチク責める。
器は「使ってこそ」だと思っているので 
割れたら それが器の運命と思って 心の中で 手を合わせる。

入札は 深追いはしないし 自分の想定金額を超えた場合 諦める。
それが 私とアンティークとの付き合い方法なのだ。
今回も 自分の懐と相談した入札金額を入力し 放置しておいた。
時間が過ぎ 確認した処 なんと 私が「落札者」になっていた。
これも「縁」である、
なんと運が良いのであろうかと 喜んでいた。

業者さんに 連絡のメールを入れ 振込みをしようと思っていた矢先
品物が 送られてきた。
落札代金を 振り込んでいないのに である。
なんと気の早い、人が「良い」業者さんなのでしょうか!
半信半疑 喜び半分で 箱を開けた。
「!」
「?」
「×」
で あった。

江戸とは「真っ赤な嘘」
平成生まれの 中国 景徳鎮製のフェイク物であった。
店頭で手にとれば すぐ分かる物、
だが パソコンの画面では 分からなかった。
猪口をひっくり返し 高台を見たら一目瞭然 
「骨董」というカテゴリーで見れば 
今出来の 「いけない物」であった。

さてさて どうしたものか・・・
ため息が 出る。

category: 骨董・古き佳き物

thread: アンティーク

janre: 趣味・実用

Posted on 2010/02/21 Sun. 22:41  edit  |  tb: 0   cm: 10  

「ミヤコ物」と「イナカ物」・・・① 

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「漆器」の産地の有名処は 日本各地にある。
中世であれば 紀州の根来 奥州であれば 浄法寺や秀衛系・・・
漆=ジャパンと称されるように 日本人と漆の付き合いは長く
縄文の時代に遡る。
出土した土器片に 漆の彩色が残っていたり
当時の女性を飾ったであろう 漆で加飾した櫛などを見るにつけ
日本人が漆を愛し 利用してきたのが よく分かる。

会津、木曽、越前も漆器の有名処ではあるが
今 一番有名な産地は 石川県 輪島ではなかろうか。
百貨店などで見かける 輪島の「漆器」は
シンプルな物もあるが 螺鈿 蒔絵などで加飾された物が多く 
値段は シンプルな物でもそこそこ
ましてや 絢爛豪華な物は 非常に高価である。

京都御所の近くに 漆専門のアンティークの店がある。
古い物は 江戸後期、しかし扱っている漆器の多くは
明治 大正の品物が多い。
そこの店主が以前 京都以外の漆器を「いなかもの」と
表現なさった。
差別的な意味ではなく 京都以外の地で作られた物を
大雑把に そうお呼びになったのだ。
最初 私は ピンと来なかった。
むしろ 京都は一番!と言われているようで チクリとした。
だが 今は それが 納得できる。

私でさえも品物を見ると 京都の物と それ以外の産地の物が
はっきりと分かるのだ。
意匠も器胎も京都の漆器は 明らかに「京都テイスト」なのだ。
京都以外の漆器が劣っているというのではない。
産地など関係なく「良い物は 良い」し、後は個人の好みの範疇である。

京都は魔都である。
「雅」な文化が生まれ 培われた 王城の都である。
茶道の文化 華道の文化がある。
家元もいらっしゃる。
千家十職という匠の集団が 京都で物造りをしている。
漆器のお椀 いや木の皿一枚を見ても 意匠にしろフォルムが
実に小気味がいい。
悔しいが お洒落なのだ。 
加えて 使い勝手も良い。
京都の美大の漆芸出身の方々の作品を見ても
「ミヤコ」のテイストを感じられる。
実に 羨ましい感性である。

画像の木皿は直径四寸ほどの小皿で「ミヤコ物」
江戸後期の品物。
黒漆の地に マットな朱漆による 繊細な絵付けがある。
図変わりで 撫子、蔦、秋草等が配置されている。


 

category: 骨董・古き佳き物

Posted on 2009/12/17 Thu. 16:49  edit  |  tb: 0   cm: 10  

赤と黒の絶妙なバランス・・・根来 

根来



奈良へ行った時である。
ブラブラ歩きの途中 古い骨董店に飾られていた湯桶が 目に飛び込んできた。
根来の湯桶であった。
おそらくは 寺院などで 使われた物なのだと思うが 素晴らしい品物であった。
とても手が出る品物ではないのは 重々承知なのではあるが 店に飛び込んだ。
店主が相手をして下さり 色々 貴重なお話を聞かせてくださった。
私が「根来が好きだ」という話をしたら 夜 出直して来るようにと 言われた。

その日の夜 再びその店を 訪れた。
店主が 奥から 柳行李を運んでいらして 中を見せて下さった。 
何十枚あっただろうか、なんと全てが根来の木皿であった。
おしむらくは それら根来の木皿は「傷物」、
しかし 一枚 一枚 修理がされている皿であった。
修理と言っても 今の修理ではなく 古い修理で 
いかにそれらの皿が大切に使われてきたか 分かるものであった。
それらの木皿を見ていくと 時代も桃山から 江戸後期と幅があり 
出来にもバラつきはあるものの
それぞれ個性があり 全て欲しくなるような根来の木皿であった。

旅先のことでもあり 持ち合わせもなく 一枚の木皿を分けていただいた。
桃山の根来の木皿であった。
約500年前の品物で 木はすっかり枯れて 手取りは軽く 
鮮やかな朱色の表面から 黒い下塗りの色が顔を覗かしている皿である。
黒と朱の絶妙なバランスが 根来の「命」だと思う。
500年という時の流れを越え 生き残ってきた品物の強さ 美しさ 
桃山の匠達の 技術力の高さ 素晴らしい物との出会いであった。


 

category: 骨董・古き佳き物

thread: 和風、和物、日本の伝統

janre: 趣味・実用

tag: リンク   
Posted on 2009/12/05 Sat. 21:29  edit  |  tb: 0   cm: 4